ミステリィが好きだ。

というのも、この世にある小説はどれもミステリィだと思うからだ。

小説に限らず、だから、ジャンルで分けるという行為に馴染めない。

そこにどんな意味がある?

せいぜい、広告を出しやすいとか、

帯のコピィにでかでかと書きやすいというくらいだ。

さて、ミステリィだけど、

実のところ、謎解きに関心はない。

もっといえば、トリックなんてどうでも良い、とすら考えている。

断言してしまうけれど、ミステリィの価値はそんなところには存在しない。

たとえば、

希代の名作、「ハサミ男(著 殊能将之)」をただのオチものだと思っていないだろうか?

もし、仮にあの魅力的なトリックがハサミ男の価値のすべてなら、話は簡単だ。

読む前にだれかに聞けば良い。

わざわざ長い時間をかけて冒頭から読む必要がないのだ。

たしかに、独創性に満ちあふれたトリックは、

それだけで素晴らしいのかもしれない。

クリスティの「アクロイド〜」なんてまさにそうだろう。

あの方法を思いついた瞬間、クリスティは間違いなく天才だった。

けれど、あれだって、僕はオチをさきに知っていた。

たまたま、ネットかなにかで情報を得てしまい、

あの世紀のトリックとノーガードでは対峙できなかった。

しかし、それによって作品の価値が下がることはなかったと断言する。

僕のなかでは、この実体験がすべてで、いまも変わっていない。

では、ミステリィの価値はどこにあるのか。

それを問うことにこそ、価値があるのかもしれない。

ただそんな予感だけに自分を傾けながら、

今日も僕はミステリィを読む。